投稿論文について(2006年3月6日執筆)

最近、M1を中心に投稿論文を書いているので、この際(先日の「国際会議の参加について」、同様)投稿論文の考え方を示しておきたいと思います。名取先生とは細かいところで異なる部分もあるかもしれませんが。

1.オリジナルな研究の発表
我々が研究をし、あるオリジナルな結果や考え方が得られ、その傍証・検証まで得られた時点で、その内容を「原著論文」original paperとして発表します。もし、実用度が高く、発明的な要素が高い場合には、原著論文ではなく「特許」として申請することもあります。この場合には、その内容を「原著論文」として先んじて発表することはできません。原著論文も特許も、発表された時点で、その内容のpriorityが確保されたことになり、新規性が失われるからです。さらに、特許の場合には、学会発表ですら先んじることはできません。原著論文の場合は、あくまでも「論文発表」がpriorityを持つので、印刷物を伴わない学会発表は「原著」の意味合いが失われることはない、と多くの場合認識されています。

2.原著論文誌への投稿
我々がオリジナルな内容を含む論文を投稿する先は、いわゆる「原著論文誌」journalです。(どんな雑誌があるかは、末尾に示します。)ここで、我々が投稿する論文がすべて掲載されるわけではありません。論文は普通
 1.論文投稿
 2.Editorによる内容判断
 3.Editorから専門の審査員refereeへの内容査読依頼
 4.refereeからeditorへのsuggestion
 5.Editorの内容判断(掲載可否の決定)
のような過程を経て審査され、editorにより掲載可の判断を下されたものだけが、晴れて論文誌に掲載されます。掲載不可の判断を下された場合でも、必ずeditorは理由を示さなければなりませんので、1回で「不可」の烙印を押されることはまずなく、投稿者はそれに「異議を申し立てる」ことができます。また、最終的に掲載可となる場合でも1回でacceptされることはまれで、いろいろと訂正を求められたり、内容の質問を受けることになります。投稿された論文のうち、最終的に掲載される論文の比率は、例えばPhysical Review Lettersなどでは10%ほど、Natureなどcirculationが高い論文誌ですと1%以下、という厳しい場合もあります。ちなみに今日、涌井君の論文がJVSTという雑誌にacceptされましたが、このクラスですと、3〜5割程度の論文がrejectされるようです。なお、論文のpriorityはその論文の「受付日」が重要です。同じ内容の論文がある場合、受付日が早い方にpriorityが発生します。

3.論文の責任
私が名取研に来てからの5年間での実例を紹介しておきます。論文に投稿するに値する成果が得られた場合、まず、その内容の
 ・分野=>どの雑誌に発表するか
 ・種類=>Regular paperか、Lettersか、Brief paperかなど
を考えます。その雑誌のフォーマットに則って論文を書くことになります。(特にLettersなどは厳しい字数制限があるので要領よくまとめるのは大変です)論文はその内容に多かれ少なかれ貢献のあった人たちが連名として名前を連ねます。我々の分野(物性、デバイス、電子光学など)では、連名者のうち、筆頭著者がその論文の総合責任を負うことになります。また、筆頭著者が卒業してしまったりして、すでに電通大にいない場合にはcorrespoinding authorとして、別の人が筆頭でなくても責任著者になることがあります。物性の分野では、研究室のボスが連名の最後に名前を連ねるのが一般的となっています。宇宙物理や素粒子物理の分野では、ABC順に著者名を並べる慣わしになっているようです。(素粒子の分野では実験などが極めて大がかりで著者が多いときには数百人に上ることもあるので、貢献度順に並べられないからでしょう。私がみた素粒子の論文はそういうわけで、日本人のAbeさんという人がいつも筆頭になっています!)
それでは、誰が筆頭著者になるのでしょう。普通は、
 ・その論文を書いた人 
 ・その論文の内容を実際に行った人
 ・その論文の極めて重要な着想を担った人
のいずれかになります。また、連名としては、
 ・研究の内容を理解し、目的達成のために本質的な貢献をした人
が入ることになります。ただ、図を書いただけ、とか、研究室の一員だから、などという理由では連名になることはありません。それは、連名者は、筆頭著者とともに、その論文の内容に責任を持つ義務が生じるからです。例えば、最近もありましたが、東大の多々良教授の論文、ベル研のShoen氏の論文のように、贋作、あるいはデータ捏造などが発覚した場合には、連名者全員がその責任を負うことになります。

4.どの雑誌に投稿するか(また、読むか)
名取研では、基本的に原著論文は英語の雑誌に投稿します。日本語で論文を書いても海外の人は読んでくれないからです。我々の分野で学術誌で最も権威があると思われているのは
Physical Review Letters (PRL)
Physical Review B (PRB)
です。アメリカ物理学会の学術誌で、特にLettersの方は、Impactが大きく良く書かれた論文が多いです(すべてではありません)。実際、ノーベル物理学賞の研究内容は、Physical Review系の雑誌で
発表されていることが多いです。日本でもこれに相当する論文誌Journal of the Physical Society of Japanがありますが、我々の分野では投稿数が少ないようです。Physical Review系がScienceの色彩が濃いのに対し、やや応用よりの研究の場合には
Applied Physics Letters (APL)
Journal of Applied Physics (JAP)
に投稿します。特に企業の研究所ではAPLへの論文掲載は高く評価されます。日本でこれに相当する雑誌は
Japanese Journal of Applied Physics (JJAP)
です。これらは、物理系の広い分野をカバーする雑誌ですが、よりspecificな
内容の場合には、
Surface Science
Applied Surface Science
Journal of Vacuum Science and Technology
Journal of Crystal Growth
などに、また、より実用性が高い内容の論文ですと
IEEE Transactions on Electron Devices
などに投稿することになります。いずれにしても、論文の内容がどうかということと同時に、どういった読者に読んで欲しいか、ということを念頭に投稿雑誌を決めることになります。ただ、最近では、インターネットによる検索が充実してきているので、タイトルや投稿時に指定するキーワードをうまく選べれば、投稿先はさほど問題ではなくなってきているかもしれません。

なお、極めて独創性が高く、しかも、general interestを広く喚起できる可能性が高い場合には、NatureやScienceといった商業誌に投稿することもあるかもしれません。。、、が、これらの論文誌は極めて採択率が低いので、よっぽどのことがないと投稿には踏み切りにくいです(editorらとやりとりしている間に他のグループに先を越されてしまっては本も子もないからです)。

以上、研究成果が出て、論文をまとめる際の、あるいは、研究テーマ模索時の論文検索、集中輪講などの参考になれば幸いです。

 

国際会議への参加(2006年2月22日執筆)

小山君から問い合わせがあったので、この際、名取研のこれまでの国際会議参加に対する考え方を示しておきます。
(2006年度以降はどうなるかわかりません)

国内、国外にかかわらず、オリジナルな研究成果が出れば、積極的に学会発表を行います。特に、修士は、講座内で学位取得の必要条件とされていますので、学会発表は必須です。

まず、国内の会議は、名取研が関係するのは
(1)日本物理学会(3月・9月)
(2)応用物理学会(3月・9月)
(3)表面科学会(11月)
その他、電子・情報・通信学会も関係します。表面科学会以外は発表するためには該当する学会の会員でなくてはなりません。

海外で定期的に開催される会議には必ずしも定期的には参加していません。関係するのは
(1)アメリカ物理学会(APS)
(2)アメリカ真空学会(AVS)
(3)材料科学会(MRS)
などです。一方、ちょくちょく参加するのはいわゆる「国際会議」と呼ばれるもので以前名取研allに転送しましたが、新4年生のためにも、リストをこのメイルの末尾に
再録します。

国内会議では、原著論文(オリジナルな研究内容)を発表する場合には、往復旅費+1泊程度の宿泊費(必要に応じて)を実費ベースで支給できるようにします。国際会議も原著論文を発表する場合には、往復旅費+参加費+宿泊費を支給することになります。当然、国際会議は総額数十万円にもなる場合もありますから、誰で も発表してよい、というわけには行きません。世界に発表すべき内容を含んでいて、なお かつ本人の意志と発表レベルが相当、と考えられる場合のみ名取先生から許可されると考 えてください。(予算との関係もあります)
なお、国内で開催される国際会議は旅費が少なくてすむので、良い成果が出ていれば積極的に発表して欲しいと思います。

発表をせず、ただ会議の聴講をすることが目的の場合には、研究室として旅費を支給することはできませんので、私費で会議にでかけてもらうことになります。もちろん、その場合いくらでも参加しても構いません。

国際会議は発表申し込みをしても、誰でも発表できるわけではありません。Abstractと呼ばれる研究概要を提出して、それがレフェリーによって審査されて発表を許
可されます。会議によっては半分以上rejectされるようなこともあります(IEDMなどは8割くらいrejectされます)。申し込みはだいたい会議開催の半年くらい前ですから、新4年生の場合は(実際研究すらまだはじめていないわけですから)4年生の間に国際会議で発表する機会は極めて「まれ」であると考えてもらってよいと思います。
(ですが、一昨年、名取研では、4年生が1月に開催されたハワイでの会議で発表してしかも英語の投稿論文まで提出する、という「快挙」を成し遂げています。結果が出やすいテーマであったという「運」もありますが。。)

さて、問い合わせの件
(1)学部生でも参加できるのか?
  ===>もちろん参加するだけならいくらでもできます。
      ただし、発表しなければ私費参加です。
(2)費用は?
  ===>ポルトガルで、季節も良いので、航空券は往復20万くらいでしょうか。
      宿泊費(1週間くらい)+参加費、あわせて30万円以上かかる
と思います。

 

卒研輪講の考え方(2002年8月27日執筆)

  昨年度の卒研生輪講は、低次元系物理の本の中から、ヘテロ接合の物理の部分を抜粋して講読しましたが、卒論で必須となるプログラミング技術を前学期のうちに習得しておく必要がある、との観点から、本年は計算物理学の本を読む(実習する)ことにしました。学部の1年生で「基礎プログラミングおよび演習」が組まれており、高級言語(主にc言語)を用いてプログラミングをするための基本的なスキルは身につけているはずですが、実際にそれを研究レベルで「使える」技術にするためには、さらなる演習問題をこなす必要があります。実際の物理現象を計算機上でどのように具体化すればよいかを学ぶことができたという意味において、今年度の輪講には大いなる成果があったと思います。

  今年は、卒論生は一つの章を二人で分担する方式にしました。これは、1章あたりの分量(英文)が比較的多いこととを勘案してのことですが、プログラミング経験の個人差もあることを考えて、二人で相談しながら問題解決をして欲しいとの思いも含まれていました。しかし、実際には分担することのメリットを十分に生かしていたグループ(回)は残念ながらほとんど無かったように思います。自分一人で最後まで考え抜くことはもちろん大変重要なことですが、行き詰まった時に、人に相談する(担当者以外、先輩、教官をも含む)ことも、もっと大事です。世の中自分一人だけでできることは限られています。二人なれば、それは1+1>2であって、得られる結果が大きくなることはもちろんのこと、いろいろな考え方に触れて視野が広がる、という意味において、とてもたくさんのことが自分に返ってきます(結婚談義みたいですな。。)。研究室というのは、一つの運命共同体であり、お互いに支え合って成り立つ集団です。卒業研究も自分一人でするものでもできるものでもなく、いろんな人からの支えの上に成り立つはずです。99%の支えの上に1%でも自分の力で上積みできるなら、それはきっと立派な卒論になることでしょう。

  ところで、一般に、4年生レベルの輪講での成果として期待されることは

などだと思います。(1)〜(3)までは、各個人の知識欲と努力によってどんどん上達すると思います。ところが(4)に関しては、口頭プレゼンテーションについては、ある程度は発表の場で問題点を指摘することが可能ですが、文章力については、どうしても直接の添削指導が必要不可欠です。後学期の集中輪講を利用して添削・指導することも可能ですが、できれば、早い時期に「正しい日本語で明確な論旨の文章を書く」ための個人指導ができる機会があればよいと感じました(就職活動や大学院入試でも必須の能力です)。私の文章だって人のことをとやかく言えるようなしろものではありませんが、世の中にはひどい文章を書いて、何が悪いんだと平然としている人が多いのも事実です。せめて人から笑われることのない最低限の文章力だけは身につけたいものです。(5)の能力は昨今の大学生レベルで最も欠落している能力の一つだと思います。議論のためには明確な目標が必要ですが、それを設定できないことが大きな問題の一つです(大上段に構えた目標ではなく、話の節目節目で、あらすじを理解して自分の言葉で焼き直す、個々の内容を理解して人に説明できる、、、などが、輪講での場面場面に応じた目標です)。ここで言う議論とは、いわゆるディベート技術(ある意味で相手をやりこめるための議論の技術)のことを指してはいませんが、自分の理解のために、話の筋立ての中で疑問点を一つ一つ問い正していく姿勢はとても重要だと思います。一般社会では、ある問いかけや働きかけに対して何も反応を示さなければ、理解している、あるいは反論はない、と見なされます。場合によっては敵意を抱いていると誤解されることすらあります。疑問点、不明な点を整理してそれを明らかにするため方法を考える姿勢、自分の意見を人に伝えようとする姿勢を持つことは、何十億人の相互作用の上に成り立つ地球上で生活する以上、絶対に必要なことです。研究室レベルでできることは限られていますが、サイエンス、テクノロジーを通してコミュニケーションの取り方を身につけることができるような仕組みを、スタッフ、学生一体となって考えるための努力をする必要があると思います。この点に関しては、教官は学生に対して、「指導者」という立場にはありません。私には、自分よりずっと年下の人でも、人間的に尊敬できる人がいますし、その逆もまた然りです(逆の方が多いかな?)。より良い解を目指して、みんなで努力する姿勢が一番重要だと思います。お互い誠意を持って、相手の立場を尊重しつつ、(いろんな意味での)上下の隔たりなく議論ができる環境作りを目指さなければならない、、、、、、、最後にこれは、私自身の反省点でもあります。